沖縄県立首里高等学校:42期 掲示板

No.644 今、マーケットで自作クラフト商品売ってます。

2010/09/18(土) 09:46 - シドニー在住 組 ランブル(外間)綾子 ()
いま、マーケットの店のセッティングが終わって、iPhone から送ってます。ちゃんとおくれるかな。オーストラリアの羊毛(メリノ)を使って、フエルト生地を作るフエルティングというのに2年前ぐらいから魅せられて、いろいろ作って、たまってくると、日本で言うフリマに持ってて、売ってます。今日は本当に天気がよくって、青空とひんやりした空気と暖かい日差しの絶妙なマッチングが心にしみる日です。iPhoneで打っているので、ものすごく時間がかかるう。でも、打っているあいだに、すでに3つのウールライトが売れた!ヤッホー!出だし好調!ストアの写真アップするね。iPhone でできるんかな。あ、やっぱできない。

写真アップしたリンクを載せるのでみてね。
http://woolhug.blogspot.com/2010/09/come-to-glebe-markets.html


No.643 海外在住のみなさんへ

2010/09/17(金) 10:19 - シドニー在住 組 ランブル(外間)綾子 ()
42期生どれだけの方が今、外国の地に住んでいらっしゃって、この掲示板に訪れているのかわかりませんが、英語圏の方だったら、「ああ、あれね」とわかってもらえるかと思って書いてみます。

最近のオーストラリアでの大きなニュースに、 オプラ・ウィンフリー・ショーがやってくるというニュースが大々的にありました。

すごいね。ジョン・トラボルタが飛行機を操縦して、アメリカの熱心なファン300人を招待して、12月にみんなでオーストラリアにくるんだって(お金をかけた大規模な感じがアメリカって感じ)。場所はやはりオペラハウスで行われるらしいです。

詳しくは、下の記事で読んでください。
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1. 機長はジョン・トラヴォルタ!オプラ・ウィンフリー、看板番組の締めに観客を連れてオーストラリア旅行!
 [シネマトゥデイ映画ニュース] 1986年から25年もの間人気を博してきたトーク番組「オプラ・ウィンフリー・ショー」がついに最終シーズンを迎えることとなり、シカゴのスタジオで行われた第1回目の収録で、オプラが観客たち(300人)全員をオーストラリアの旅へ招待するという超豪華プレゼントを発表した。<続きは下のリンクから>
http://www.cinematoday.jp/page/N0026887


2. 大騒ぎのオーディエンスの様子(映像)
http://www.youtube.com/watch?v=lheJV04gPHM&feature=channel


3. オージーへのメッセージ(映像)
http://www.youtube.com/watch?v=n1Pr7S0OOvk&feature=channel


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はい、ここからは日本国内のみなさんにも楽しんでもらえるかもしれません。
オプラ・ウィンフリーがいま日本でどれだけ認知度があるのかわかりませんが、彼女はアメリカ・シカゴをベースに活躍している黒人女性キャスターです。アメリカをはじめ、とりあえず英語圏の国では、彼女の司会する番組が放送/再放送されてものすごく人気のある女性です。私もオーストラリアに来たばっかりのころは、はまって結構夢中になって見ていた番組でした。

さて、私がまだ東京にいた1993年前後に、彼女がマイケル・ジャクソンの豪邸を訪ねてインタビューしたという番組が大々的に宣伝されて、放送されました。それを私は見ました。マイケル・ジャクソンが唯一信頼しているインタビュアーとしてご指名でオプラを選んだと言ってました。
マイケルの死後、いまでこそ”This is it”で、彼がいかに努力家で才能があっって、いい人だったかというのが伝わって惜しまれていますが、この番組が放映された1993年あたりは、奇行の変な人という気味悪いようなレッテルがはられているころで、それが番組の作りにも全面にあらわれています。

その番組が日本語字幕つきでみまれる映像(1~9)がありましたので、下のリンクからどうぞ。

4. Michael Jackson in Oprah Winfrey show(字幕付き)
http://www.youtube.com/watch?v=cks3qr5jdF4&feature=related



注)上で載せたYouTube(映像)のリンクをアップするので、たぶん下にずらーっと出てくると思うけれど、どんな風になるかは不明なので、同じものだよということだけ伝えます

No.642 ひでかずさん!!

2010/09/16(木) 18:37 - シドニー在住 組 ランブル(外間)綾子 ()
あの、私宛てにかきこみしてくれた、3人目のお友達が男子ということで、どういう風に名前を呼んだものかと、ちょっと悩みました。外国かぶれなので、やはり統一して、「ファーストネーム+さん」で呼んだほうがいいかなと思って(最初が何事も肝心だし)、ちょっとがんばって、ひでかずさんと呼んでみました。呼んだとたんに、若かりし頃の三浦友和と山口百恵の図が浮かんで、やや居心地悪いです。もうちょっと試してみて、きつそうだったら、やはり、たくしくんにしましょう。

もちろん、あなたのこともよーく覚えていますよ、ひでかずさん。
記憶の断片としては、主に二つ。
1. 電信柱のようにつるつるして(とくにユニフォームの半ズボンから出た真っすぐで長い足)真っすぐで高いなあという印象と
2. きなもとこさんを通して見た、たくしくん(石田中時代)。

あ、もうだめだ。「きなもとこ」ときたからには、あなたは「ひでかずさん」ではなくれっきとした「たくしくん」です。きなもとこさん覚えてますか?彼女は私の実家から何軒も離れていないところにお家があって、幼なじみだったんですよ。もう、音信不通ですが。笑うと目が一本線になって、本当にやさしくて、歌がうまくて、たくしくんにお熱でした。
もう、20年以上も前のことだし、今では、お二方もそれぞれに結婚して幸せな家庭を築いていらっしゃるから、時効ということで、ここで語るのを許してくださいね。なんせ、いい話なんですから。
とにかく、当時、きなもとこさんは、目を一本線にして、幸せそうにほほえんで、いかに、たくしくんが、やさしくてかっこよくて、そんなたくしくんのことが大好きなんだということを、話すわけです。ここで彼女が使った具体的な言葉が何だったかは記憶になくって、彼女の満面の笑みの向こうに電信柱のたくしくん(もちろん、バレー部のユニフォーム)がバラ色にたたずんでいるという姿がぺたりと私の記憶のコラージュに張り付いているわけですよ。それは確かに、やさしくてかっこいいたくしくんに見えました。
なんか、記憶ってすごいね。こうやって考えてみると、私は当時、本当にたくしくんを自分の目で見ていたんだろうかと考えちゃいます。きなもとこというフィルターを通して見ていたのが私にとってのたくしくんだったのかなあ、と。今さらながらに感慨深いです。

さて、筒井康隆のショートショートストーリー。ええ、確かに中学校のお昼の校内放送はもうこちこちに固くって、バックにクラシック音楽を流して、メルヘン・ポエムとか、ショートショートを読んでいましたねえ。すっかり忘れていました。たくしくんの記憶にそれがあるということは、その当時のあなたの知性を反映しているんでしょうね。だいたい記憶って自分に興味のあるものだけをかき集めて繋げたものだから。
それに比べて、私の記憶のキーワードは、いまんところ、スイカ・カチューシャ・電信柱とたいした知性も見えなくって、情けない。

たくしくんは、関東なんですね。今年の夏は本当に暑かったでしょう。熱射病とかにならずにご家族のみなさんも、なんとかしのぐことができたのでしょうか。また、そちらの情報もいろいろ教えてくださいね。

今、窓の外は真っ暗で見えませんが、春一番のような強い風がごおおっと吹いています。

ではでは。

No.641 綾子さん!!

2010/09/16(木) 12:56 - たくしひでかず ()
 覚えてますか?
 
 石田中と首里高バレー部だった背のでかい澤岻です。

 
 綾子さんといえば、中学の時に昼休みの放送で

 筒井康隆のショートショートを朗読していた事を思い出しました。(記憶違いならスイマセン)
 

 
 綾子さんも含めて42期の同期の皆さんも、いままでいろんな事があったと思います。

 あっという間に40すぎちゃいまいしたけど、お互いに頑張りましょう。

 きっとこれからも、今まで以上に楽しい事がいっぱいあると思います。

No.640 きしこさん!

2010/09/15(水) 16:41 - 2 組 ランブル(外間)綾子 ()
誰かから返信があるともう嬉しくってね、 誰か書いてないかな、 暇をみつけてはサイトをチェックしてるんだけれど、さっそく、この掲示板のヌシみたいなきしこさんから私あてに書かれているじゃないですか。うれしい!

きしこさん!あなたのことも、わたし鮮明に覚えていますよ。
あのさ、十代後半とかね、もう自分を中心に世界が回っているから(私はその傾向が強かったので、今おもうととっても恥ずかしいのですが)、もう記憶が、ブツっ・ブツっと断片的で、ぜんぜん系統だっていなくて、自分を中心に、いびつなコラージュになっていて・・・。
その私の記憶のコラージュの中で、きしこさんに関しては、あなたの頭にはめていたカチューシャっていうんですか、ヘアバンドっていうんですか、あれが強烈に残っています。すごく似合っていたねえ。きっと私ああいうのしてみたかったんでしょうね、うらやましく思って見ていたから、きっと、「きしこさん=カチューシャ」みたいなへんな断片が切り取られて、ぺたっと私の記憶に貼られているんだ。ふふふ。あれって、きしこさん、今もしているの?

とても美しい英語とおっしゃってくださったので、英語に関する笑い話をひとつ。日本の学校教育では、私たちって、英語というよりも米語を習うじゃないですか。で、オーストラリアはイギリスの管轄なので、ブリティッシュ英語が本流なんですね。シドニーに来たばかりのころ、アメリカンイングリッシュの発音をひっさげて、やってきた私は、いろんなところで、”You have an American accent.”(あなたはアメリカなまりがあるのね)と言われてね、もう、得意になっていたわけ。ああ、私の発音はみんなにほめられているって思ってさ。そしたらそのうち、それが実は、けなされているんだということがわかってねえ。大ショック!イギリス人(あるいはイギリス系であるオーストラリア人)は、アメリカンイングリッシュを死ぬほど嫌っている事がわかったんですよ。もちろん、そうではない寛容な人たちもいると思いますが、一般論としてね。私、もう大慌てで英語の発音をイギリス風になおしたわけ。tomatoは「トメイト」ではなくちゃんと「トマート」。I can’t 「アイ・キャント」を「アイ・カーント」ってね。必死でしたよ。おまけに、イギリス人と結婚したので、さらにそのトレーニングは強化され・・・。
というわけで、オーストラリアでは日本語なまりの英語をしゃべっている方が、アメリカなまりより、まだましなんだなという教訓でした。はい。

きしこさんは、首里高で教師をなさってるんですね。何を教えているの?あと他に、42期で首里高で教えている方って誰ですか?

あ、それから。過去のかきこみを読んでいたら、手術を何度もされて、たいへんな時期があったようですね。今は大丈夫ですか?私も実はこちらで、来て1年くらいに、死ぬような事故があって、医者に、命が助かってもずっと車いすかもと言われていたのですが(恥ずかしながら海外でるたびに入院してしまって、親泣かせで・・・)、でも、ビッコひいて歩けるまで回復して、いちおう障害者ということで、福祉など受けられて助かっています。生きていると、本当にいろいろなことがありますね。うん、42期生みんながんばっているよ、ほんと。

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